昨日の話…
「トラウマ」ギリシャ語で傷を意味する言葉(虎と馬は全く関係していない)
最近は会社で契約している駐車場に、タバコを吸いに行く事が多い。
その駐車場に居つく猫がいるのだが、今日も一定の距離からジーとこちらを見つめている。
少しなれてきたのか、伸びたりゴロゴロ転がったり甘える仕草を披露してくれた。
食べ物が欲しいのかな?
でもここで何かを与えてしまうと、毎回与えられることに期待させてしまう。
都会に住み着く動物の大半は人間に依存しなくては、満足に生きてはいけない。
カラスにしてもねずみにしても、人間が無駄にしたものを糧に生きている。
彼らは僕らよりもたくましいので、全滅することはないし、環境に適用して人間がいなくなっても生きてはいけるだろうけど、それでも依存していることには変わりない。
昨日交わされた会話の中に、依存の原因と言うのがあった。
僕の知っている人の場合は、幼少期に経験したトラウマにも似た方程式のもと依存心が他よりも強い。
子供は親や周りに依存しなくては、生きていけない。
高校生や同じ言語を話せる環境にいれば話は別だが、話が全く通じない環境で、家族から1人離れた小学生は、防衛本能から周りに嫌われないよう1日中1年中、神経を研ぎ澄まし気を使い、周りに依存して生きていく。
小学生がこのような状態で1年を過ごしたときに掛かる心の負荷は計り知れないと、経験から断言できる。
今は、生きていくために得た知識と経験、心の防衛術が彼を苦しめ、生きていくことを辛くしている。
特に人と交わることは彼にとって我々が想像するよりも大変なことなのかも知れない。