皆さんは、高遠菜穂子さんを覚えていますか?
2003年3月19日、アメリカが始めたイラク戦争で、戦場が激化する現地でイラク過激派グループの人質になった被害者の1人。
日本に無事帰国したのですが、母国で心の無いメディアや人々にバッシングを受けた人です。
【自己責任】と言うフレーズが各メディアで口論され、不幸にも標的/題材に使われた女性です。
6年前だと僕は既に日本にいたのですが、当時仕事していた職種から世間一般のニュースからは遠ざかっていて良く覚えていません。
今日のNHKクローズアップ現代のトピックだったのですが、彼女の6年間を振り返りながら、悪化し続けるイラクの現状を伝えていました。
高遠さんは今もなおイラクで苦しむ市民を助けるボランティア活動を続けています。
僕が思った事は、イラクの現状を悲しむ事でもなく、”迷惑をかけるな”、”税金の無駄使いだ”、”自己責任なんだから助ける必要はなかった”と罵られている6年前の映像を見て可哀想だなと思う事でもありませんでした。
僕が考えさせられた事は、人が人を助けると言う行為をする時の行動動機でした。
人を助けるのは確かに素晴らしい事かもしれません、でも...
捻くれていると言われるだろうけど、それは自分よりも立場の弱い存在に対してする行為に写ります。
自分よりも優れていて強い者に対しては、助けると言う行為は出来ない事ですよね。
相手が全てにおいて優れている事はありえませんが、その自分が優れている部分では自分の立場が上なので、同じ事だと思います。
お互いがお互いの欠けている部分を補って前に進む事が理想ですが、突き詰めれば同じ理論に当てはまると思ってしまいます。
そこで得られる物は、優越感、自己満足、支配、コントロール、全て悪く聞こえる言葉ばかりです。
でもこれらの事は悪い事ですか?
優越感も自己満足も支配やコントロールですら悪い事とは僕は思いません。
どんな感情や動機があっても、人を助ける事が出来るなら助けるべきだし、その行為は素晴らしい事のはずです。
正しい事=良い事とは思っていませんが、少なくとも人を助ける行為に繋がるならどんな感情であれ、良いはずです。
人がどのように思っている/考えているかは周りに何の影響も与えません。
その後に繋がる行為のみが周りに善くも悪くも影響を与えていくと僕は思います。
嫌っていても相手が泣いている時には抱きしめて、涙を止めれればそれは素敵な事ですよね。
逆にどれだけ好きであっても相手を裏切る行為は時に許されるわけもありません。
What you think doesn't matter.
Only action effect reality.
What you do make the difference in the world.
どんなに嫌っていても、相手が必要としていれば手を差し伸べて、抱きしめてあげれる人になりたい。
って無理だよな〜、だって自己中で天の邪鬼だしな〜。
ちょっと真面目に色々と書きましたが、あくまでも僕個人の私感なので。
書いていて思ったのですが、今を生きる人達(特に日本)はあまりにも感情がないですね。
無関心は最大の罪だって誰かが言っていたような。
好きとか嫌いとか本気で思った事が無い人達が多すぎるように思えます。
理由も分からず人の命を奪ったり、何となく皆がやっているから虐めたり、どうでも良いから火を付けたり、本当に別けが分からない。
分かりたくもないけど、動機が理解出来ないのではなくて、動機がハッキリとしていない事が多すぎる。
自分の一つ一つの行為に対して何故したのかを、ちゃんと答えられますか?